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大分地方裁判所 平成元年(ヨ)209号 決定

主文

一  債務者は、別表一債権者目録(一)の債権者氏名欄記載の各債権者に対し、同表金額欄記載の各金員を仮に支払え。

二  債務者は、別表二債権者目録(二)の債権者氏名欄記載の各債権者に対し、平成元年一〇月二六日からロックアウトを解除して同各債権者を就労させる日の前日まで一か月につき、同表金額欄記載の各金員を翌月の五日限り仮に支払え。

三  債務者は、別表三債権者目録(三)の債権者氏名欄記載の各債権者に対し、同年一一月一日からロックアウトを解除して同各債権者を就労させる日の前日まで一か月につき、同表金額欄記載の各金員を翌月の一〇日限り仮に支払え。

四  申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  債権者らの申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者らの負担とする。

第二  当事者の主張の要旨

1  債権者らの主張

債権者らは債務者の従業員であり、別表二債権者目録(二)の債権者氏名欄記載の各債権者は債務者の正規社員であり、債務者から毎月二五日締めの翌月五日支払で、少なくとも同表金額欄記載の金員を一か月分の賃金として受領してきたものであり、別表三債権者目録(三)の債権者氏名欄記載の各債権者は債務者の常傭パートタイマーであり、債務者から毎月月末締めの翌月一〇日支払で、少なくとも同表金額欄記載の金員を一か月分の賃金として受領してきたものであるところ、債務者は平成元年一〇月一一日から債権者らの就労場所である杉乃井ホテル建物を閉鎖して営業を休止し、以降現在までロックアウトを継続して、債権者らの就労を拒否し、同日以降の賃金支払を拒否している。

債務者は、右ロックアウトが正当なものであるから賃金支払義務を免れる旨主張するが、債務者の行なっているロックアウトは、債権者らの所属する杉乃井ホテル労働組合(以下「組合」という。)の弱体化を目的とする先制的・攻撃的な違法なものであって、債務者は債権者らに対する賃金支払義務を免れない。

よって、債権者らは債務者に対し、平成元年一〇月一一日から債務者がロックアウトを解除し債権者らを就労させる日の前日までの賃金請求として、申請の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。

2  債務者の主張

本件ロックアウトは、組合が、ストライキに続き、ホテル東館前及び役員室前に坐り込み、団結旗をホテル前路上に立て、ホテル前の駐車場に団結小屋を設置するなどの営業妨害行為に対し、やむをえず防衛的にとられた処置であり、サービス業という債務者の特殊性、組合の争議行為の目的と態様の異常性、労使間交渉において組合のとった硬直的な態度、争議行為により債務者の受けた打撃の深刻さなどを考え併せると正当なものであるから、債権者らの債務者に対する賃金支払請求権は生じない。なお、ロックアウト実施後においても、組合は債務者が営業を再開すれば広範囲で積極的な争議行為を行なう姿勢を崩していないので、現在に至るまでロックアウトを継続する点についても正当性がある。

理由

一  認定事実

本件疎明資料並びに審尋の全趣旨によると、以下の事実を認定することができる。

1  債務者は、湯の町別府において、従業員数約七〇〇名、客室数五八六室、収容人員数三二三六名を誇る西日本最大のリゾートホテルである杉乃井ホテルを営んでおり、債権者らはいずれも債務者の従業員で、同ホテル内で就労してきた者であり、その賃金額、支払方法は少なくとも債権者らの主張のとおりである。なお、債権者らはいずれも組合の組合員である。

2  組合は、債権者が昭和六二年四月一日付けで旧国鉄出身の野口哲男及び警察出身の大塚哲心の両名を総務部部長待遇として採用し、労務担当社員として配置しようとしたことに反発し、債務者と対立したが、団体交渉の結果、同年五月二九日、会社との間で右両名を総務部に配置しない旨の協定が成立して紛争はいったん収まった。

3  ところが、昭和六三年一一月、組合が年末一時金等の要求を債務者に行なったことに端を発し、債務者から経営の合理化の一環として後記「クラブすぎのい」の閉鎖等や、前記野口及び大塚を労務担当社員とする旨の発表がなされたことから、野口らを労務担当社員とすることの撤回や年末一時金を要求する組合と債務者との間で団体交渉が数回開かれたが合意するに至らなかった。そこで組合は、昭和六三年一二月一〇日午後二時から二二時間全面ストライキを実施したが、右ストライキに際しては、スギノイパレス前で組合の支援団体を加えた決起集会が開催され、ジグザグデモ行進がなされたり、また、人手不足による数々の不手際により顧客に不快感を与えた。組合は、更に一二月一七日に二二時間全面ストライキを予定したが、クラブすぎのいの閉鎖は債務者と組合との協議事項とする、前記野口及び大塚は労務担当としないなどを骨子とする同日付けの協定が成立したためストライキ突入は事前に回避された。もっとも債務者はストライキ実施に備えて予約取消等の措置に出ざるをえず、宿泊客は大きく減少した。

4  債務者は、昭和六〇年四月期の決算からは営業損失を計上するなど経営が悪化していたところ、従業員に対する平成元年二月及び三月分の給料は数日間遅配された。債務者は、同年三月一四日付けで二一五名の人員削減を中心とする大幅な合理化案(経営改善計画)を組合に提示するとともに、更に、同日付けで、従来黙認していた勤務時間中の組合活動を行なう者に対しては、今後賃金カット或は処分を行ない職場規律の確立に努める旨組合に通知した。組合は勤務時間中の組合活動は既得権であるとして反発し、また、前記経営改善計画を巡って債務者との間で団体交渉が行なわれたが合意に達しなかったところ、債務者は、五月八日付けで、昭和六三年一二月三一日以前の協定等をすべて破棄する旨通告し、平成元年七月一七日付けで、債権者森栄司(組合書記長)ら二九名に対し、勤務時間中の組合活動等を理由に出勤停止等の処分をなした。なお、債務者は同日付けで、後記クラブすぎのいのホステスら三九名に対して、業務命令違反等を理由に出勤停止処分をした。その上、組合とは何らの協議のないまま、五月一八日付けで二一五名の希望退職者を募集し、更に六月四日付けで一八〇名の希望退職者を募集した。このため組合はますます反発を強め、債務者と組合とは、平成元年七月二五日団体交渉を開催したが、以降現在まで正式な団体交渉は開催されていない。その原因は、債務者が同年八月八日付けで前記協定により労務を担当しないはずの野口及び大塚を団体交渉委員に選任した旨通知したことに組合が反発し、以降交渉の席につくこと自体を巡って紛争が生じたためである。

5  債務者は、合理化の一環としてその不採算部門の「クラブすぎのい」を閉鎖しようと計画し、右において勤務するホステスの配置転換を巡り、組合と昭和六三年終わりころから利害が対立し、右は前記同年一二月一七日の協定内容では債務者と組合との協議事項となっていたところ、同月二九日、債務者と組合との間で、クラブすぎのいは現在の営業形態を変更することとし、変更後の営業は具体案を早急に検討し実施する、男子三名の従業員は料飲課に統合し、ホステスのうち一六名は各職場に配置転換し、その他については新営業形態と合わせて取扱いを決定する旨の協定が成立したが、閉鎖後の雇用、配置転換について具体的な合意は成立しなかった。そこで債務者は新営業形態についての組合との合意のないまま、平成元年七月六日に右クラブを閉鎖し、同日付けでホステスらを料飲課へ配置転換する旨の業務命令を発したが、ホステスらがなおも抵抗し自主営業に及んだため、同月一八日に実力でこれを閉鎖し、八月二七日付けで、九月三〇日をもって、ホステスらを雇用期間満了を理由に「雇い止め」と称する解雇処分に付し、更に同月三一日、クラブ従業員三名と組合副委員長首藤久登を、九月二〇日には組合執行委員小網英文を懲戒解雇処分に付した。

6  組合は、賃金引上げ及び夏季一時金の支給、団体交渉、組合に対する弾圧排除を求めて同年八月二八日午前一二時から二四時間全面ストライキを実施した。このストライキのため、債務者は予約客に予約の取消を要請し、予約客を他のホテルに振分け或はアルバイト等の利用により何とか急場をしのいだ。右ストに際して組合員らはハチ巻等を着用して、シュプレヒコール、集会をし、ホテル付近の路上をデモ行進するなどし、組合は更に九月上旬にストライキを打つ計画を立てていたが現実には実施しなかった。

7  組合は九月一八日から、ホテル中館と道路をはさんで向かい合う駐車場に坐り込み用の団結小屋(テント小屋)を設置し、ホテル東館前で坐り込み運動を開始し、また、団結旗(赤旗)約三〇本余りをホテル前の市道に立て、横断幕を掲示するなどに至ったほか同月二五日からはホテル中館三階の役員室前において、解雇者四一名が交替で午前と午後各一時間程度の座り込みを行なった。他方、クラブすぎのいのホステス三六名は債務者を相手方に、同月二〇日、前記解雇処分は無効として当庁に地位保全の仮処分申請をなし(当庁平成元年(ヨ)第一八〇号)、更に、同月二六日には組合員首藤ら五名の地位保全の仮処分申請を当庁になし、翌二七日には当庁で前記一八〇号事件の第一回審尋がなされた。

8  債務者は同年一〇月一一日からホテル建物を閉鎖し営業を休止し、以降債権者らの就労を拒否し、同日以降の賃金の支払を拒んでいるが、組合は、ロックアウトを解除させるため、翌一二日には、債務者のロックアウトの理由と目される前記団結旗及びテント小屋を撤去し、座り込み行動などをとりやめた。

二  ロックアウトの正当性について

ロックアウトは、労働者の争議行為によりかえって労使間の勢力の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合に、衡平の原則に照らし、使用者においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りにおいて、正当性を認められるもので、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合の争議行為の態様、右により使用者の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地からみて労働者の争議行為に対する対抗手段として相当と認められる場合には、使用者の正当な争議行為と是認され、この場合には、使用者はロックアウト期間中の賃金支払義務を免れると解すべきところ、前記認定の事実によれば、ロックアウトに踏切った時点において債権者ら組合の勢力が債務者を圧倒し、その勢力の均衡が破れ、債務者が著しく不利な圧力を受けるような状況になっていたとは認めがたい。すなわち、ストライキ等それ自体直ちに違法な争議行為といえないし、顧客に迷惑をかけるにしても、それはストライキ等に随伴する通常の態様のものである限り使用者としてはそれは甘受せざるをえない。また、前記認定の事実並びに疎明資料によれば、組合側にも債務者役員等に対する行きすぎた個人攻撃や、集団による圧力、或はクラブすぎのいの閉鎖に関して債務者の経営権を一部侵害する行為のあったことが認められるが、債務者も、その目的の達成を急ぐ余り、これまでの労使慣行や協定を事前協議もなしに廃棄したり、組合との合意事項を遵守しなかったり、解雇処分を連発するなどしたことが組合の不要な反発をあおることとなり、組合の前示のような行為を招来したことは否定することができず、ロックアウトに至るまでの経緯について債務者にその責任がないとは到底なしえない。さらにまた、ストライキの債務者に与える影響は決して軽微とはなしえないが、ストライキはいずれもロックアウトの四〇日余り以前になされたものであり、それによる債務者の損害が通常の争議行為に伴う損害を超えると認めるに足りる資料はなく、その後の団結小屋の設置等の行為によっても、それが長期間に及ぶ場合は格別、少なくとも本件ロックアウト開始時点においてはいまだ債務者の営業の継続が甚だしく困難になったとまでは認めがたいし(現にロックアウト後の日に係る予約は順調に入っていた。)、本来労働争議は交渉を通じ解決されるべきであるのにロックアウトに至るまで約七〇日間以上も団体交渉は開催されておらず、その原因は債務者の姿勢に多く存在すること(債務者が組合との団体交渉に誠実に応対していれば、本件のような事態の深刻化を招来したかは疑わしい。)、当庁の仮処分申請事件(前記一八〇号事件等)が係属し審理が続けられている状況下での突然のロックアウトであったこと等の事情を総合して考慮すると、本件ロックアウトの実施及び継続は、組合の圧力に対する対抗手段として相当なものとはいえず、賃金支払義務を免除する正当性はないというべきである。

この点、債務者はホテル業の特殊性を強調し、なるほどホテル業は顧客からの信頼が重要で、ストライキ等に接し組合の行動に不快の念を抱いた顧客がいることは首肯しうるが、ストライキは本来的に使用者に損害を与えるものであり、ロックアウトの正当性を判断するに際しては、前掲各事情を総合考慮の上決せざるをえないのであって(なお、債務者がロックアウトに入った当時は、組合は本来的な争議行為はしていなかった。)、右の事情からただちに本件のロックアウトを正当視することはできない。

三  保全の必要性について

本件審尋の全趣旨によると、債権者らは毎月債務者から支給される賃金をもって生計を維持しているものであり、各債権者に対する賃金仮払の必要性を優に認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

四  結論

以上によれば、債権者らの本件仮処分申請はいずれも理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 林 醇 裁判官 山本和人)

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